ROASを改善したいなら、その数字の前提を疑うところから始めるべきだ。
ROASが目標に届かない、代理店に改善を依頼しても変わらない。EC事業者やD2Cブランドの担当者から、こういった相談を受けることが多くあります。
ROASは「広告経由の売上 ÷ 広告費 × 100」で計算される指標です。広告1円に対して何円の売上が生まれたかを示します。シンプルに見えますが、この数字の扱いに関してよく起きる問題が2つあります。一つは計測が正確でないこと、もう一つは目標が現実に合っていないことです。
ROASを改善しようとする前に、今見ているROASという数字が信頼できるものかどうかを確認する必要があります。
計測されているROASは本当に正しいか
広告管理画面に表示されるROASは、そのプラットフォームの計測ロジックに基づいた数値です。Meta広告もGoogle広告も、自社の広告経由のコンバージョンを最大限にカウントしようとする傾向があります。
問題になるのはアトリビューション(貢献の帰属)の設定です。たとえばクリック後30日間に発生した購入を広告のコンバージョンとしてカウントするよう設定していると、実際には指名検索やメールマーケティング経由で購入した顧客まで広告の成果として計上されることがあります。
複数の媒体を同時に運用している場合、Meta広告でもGoogle広告でも同じコンバージョンをそれぞれが「自分の成果」としてカウントする重複計上が起きます。Meta広告のROASが800%、Google広告のROASが600%と表示されていたとしても、実際の合算ROASはそれより低い可能性があります。
まず確認すべきは、広告管理画面のROASと、実際の売上データ(ECの受注データや売上管理)とを突き合わせることです。乖離が大きい場合、計測に問題があります。計測が正確でない状態でROASを上げるための施策を打っても、本当の改善かどうか判断できません。
ROASの目標設定が事業の採算と合っているか
ROASの目標は採算ラインから逆算する必要があります。ここを間違えると、ROASを追いかけることが事業にとってプラスにならなくなります。
たとえば客単価1万円、原価率50%の商品を扱うECであれば、粗利は5,000円です。広告費をそのまま投資コストとすると、損益分岐点は広告費 = 粗利、つまりROAS200%です。これが最低限の損益分岐ROASです。
ただし、これはあくまで初回購入の採算だけを見た数字です。リピート購入があるビジネスモデルであれば、初回購入時にROAS200%を下回っても、2回目以降の購入で回収できる構造になっていれば許容できます。
損益分岐ROAS(目安)= 1 ÷ 広告費比率
例:粗利率40%の商品 → 損益分岐ROAS = 1 ÷ 0.4 = 250%
リピートがある場合はLTVベースで計算し直す
業界の相場としてROAS300%以上を目標に設定しているケースがありますが、事業の粗利構造によっては300%でも赤字になる商品もあれば、150%でも十分黒字になる商品もあります。他社の目標値を参考にするのではなく、自社の数字から目標を設定することが先です。
ROASが低いときの原因別アプローチ
計測が正確で、目標も現実的だと確認した上でROASが目標に届かない場合、原因を特定して手を打ちます。
ROASが低い原因は大きく3つに分けられます。クリック単価(CPC)が高すぎる、CVRが低い、客単価が低いの3つです。
CPCが高い場合は、ターゲティングの精度を上げるか、クリエイティブのCTRを改善することで単価を下げられます。ただし闇雲にCPCを下げようとすると、リーチの質が落ちてCVRが下がりROASが悪化するケースもあります。CPCを下げることが目的ではなく、CPCに見合った売上を取れているかどうかがポイントです。
CVRが低い場合はLPまたはオファーの問題です。特にECの場合、広告から流入した顧客が購入ページで離脱している場合、カートへの追加率と購入完了率のどちらに問題があるかで対処法が変わります。カート追加率が低ければ商品ページの訴求力の問題、購入完了率が低ければ決済フローや送料・手数料の問題である可能性が高いです。
客単価が低い場合は、アップセル・クロスセルや購入点数を増やす施策がROAS改善に直結します。広告の外側の施策ですが、ROASに与えるインパクトは大きいです。同じ広告費でも客単価が1.5倍になればROASは1.5倍になります。
高ROASに見えて実は危険なパターン
少し意外かもしれませんが、ROASが高すぎることも問題になることがあります。
ROAS1,000%以上が出ている場合、考えられるのは指名検索への配信比率が高いケースです。もともと購入意欲の高いユーザー(ブランド名で検索している層)に広告が当たっていると、ROASは高く出ます。ただし、そのユーザーは広告がなくても購入していた可能性が高く、広告費が純粋な追加費用になっています。
ROASが非常に高い広告キャンペーンのターゲット設定を確認すると、既存顧客や指名ワードへの配信が集中していたというケースは珍しくありません。この状態で「ROASが高いから予算を増やしましょう」という判断をすると、すでに購入していた層に広告費をかけ続けることになります。
ROASを見るときは、新規顧客経由のROASと既存顧客経由のROASを分けて計測することで、実際に広告が新規獲得に寄与しているかどうかが見えてきます。
ROASを上げるために広告を絞り込むことのリスク
ROASを短期的に上げる最も簡単な方法は、成果の出ていない配信を止めて、ROASの高い配信だけに予算を集中させることです。これはROASという指標上は正解ですが、事業成長の観点では逆効果になることがあります。
ROASの高い配信だけに絞り込むと、母数(リーチ)が小さくなります。CV数は減少し、獲得できる新規顧客の数も減ります。ROASは改善しているが売上総額は落ちている、という状態になります。
目指すべきは、ROASを維持しながら配信規模を拡大することです。そのためには許容ROASのラインを正確に設定した上で、そのラインを下回らない範囲でリーチを広げる設計が必要です。ROASという1指標だけを追いかけると、この視点が抜けがちです。
ROASは広告の効率を示す指標であり、事業の健全性を示す指標ではありません。ROASを上げることと、事業として広告を活用することは、必ずしも同じ方向を向いていません。その前提を持った上で、今の数字と向き合うことが重要です。